Amazonお坊さん便について、海外の僧侶・仏教徒に聞いてみた

Amazonお坊さん便

アマゾンで、僧侶へ法事をお願いできるというサービス。

最近話題になっているある意味画期的なサービス

日本中の僧侶に衝撃を与え、ネット上では賛否両論。

個人的な思いは置いておいて、ちょうど仏教が始まったブッダガヤにいて、たくさんの僧侶・仏教徒に会うことができるので、このことをどう思うか意見を聞いてみました。

意見を聞いた人

  • べトナム僧(パリのお寺在住)
  • チベット僧
  • スリランカの仏教徒

ベトナム僧とチベット僧の場合

二人一緒にいる場で、「日本のアマゾンで法要をお願いできるようになった」とHPを見ながら説明。

「日本では、そんなことが始まったのか?」

当然の反応かもしれませんが、驚いていました。

同時に「お坊さんが買えるのか」

という笑いも起こりました。

ただ、その後の会話が興味深かった。

お願いをするのに、実際にお寺にこないのか?

 それに、お互い顔を合わせないで、お願いするのはすごいね。

 会って段取りや詳しい話をして、コミュニケーションを取らないでどうするんだ?

 全く知らない状態でお勤めをするのか?

 コミュニケーションが大切だろ!」

・お願いをするのに、足を運ばない

・法事をするもの同士、顔も知らない

・face to face でのコミュニケーションを取らない

この3つに驚いていました。

じゃあ、他の国では?

話を聞いたベトナム僧侶はパリにある、中国やベトナム人が集まるお寺に普段います。

そこでは、法事を日本のように信者さんの家で行うことは稀で、基本お寺で行い、その後お寺で用意する食事をする流れだそうです。

その前にお寺を訪れて、みんなでどのような形にするのか、当日何人きいて、どのようなご飯を出すのかなどの打ち合わせをする。

また、実際の法要の掃除やその後の片付けも、みんなで協力して行うのが当たり前ということです。

そこで様々なコミュニケーションをとり、親睦を深めるということです。

チベット僧侶も、コミュニケーションのことを強調おり、実際にチベット人はお寺にきて僧侶と話をするのが当たり前で、普段からふらりと立ち寄って、座ってお茶を飲んで話をしていく人をよく見かけます。

実際に二人がブッダガヤにきている信者さんと話している姿をみると、すごく距離感が近いです。友達のようにすごく仲がよく、気軽に話をして、一緒にご飯に行っていました。

また、スマートフォンを使いFacebookやLineなどを使い頻繁に連絡を取り合い、一緒に写真をとって交換している姿もよく見ます。

ダメだろ!という否定ではなく、具体的な問題点を上げて話してくれたことで、考えさせられる会話になりました。

話をしている中での感じた印象として、一度も会ったことがない人にお経などをお願いすることへの疑問

また、お経をあげる側としても、全く知らない人のところへ行き、お経をあげることへの違和感を感じているように感じた。

次は、スリランカ仏教徒についてを書きます。

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